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さく(14)     あや(6)    
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11.14      Komplize:03-01   comment (0)
独普が刑事で墺や仏西がマフィアなパラレル、その2。
ルートヴィッヒとフランシス。

詳しくはこの記事をごらんください。



仮面で嗤う


「――よォ」
約束のきっちり五分前に姿を見せたルートヴィッヒに、フランシスはカウンター席を勧めた。丈の長い外套を着込んだ大柄な彼の足音は、限りなく無に近い。 言われるがまま席に付いたルートヴィッヒは外套を体から剥ぎながら、メニューにはない一つの料理名を告げる。またか、とフランシスが肩をすくめた。その料 理は、彼がマスターを務めるカフェにおける、ルートヴィッヒの昼食の定番となっていた。
「だから、アイントプフじゃねえっての。ポトフだ、ポトフ」
苦味を顔全体に出しながらも、フランシスはルートヴィッヒが言うところのヴルストとカルトフェルのスープ、焼き直したブロートの皿を出してやる。そうし て、彼の食後用の一杯のためにコーヒーサイフォンに火を掛けた。礼もなしにスプーンを取ったルートヴィッヒが、旨いな、とそうは思っていなさそうな声で呟 く。
「当たり前だろ。お兄さん特製なんだから、旨くないなんてありえないの」
「その傲慢さがなければ、純粋に称賛に値するんだがな」
涼しい顔でポトフを啜るルートヴィッヒに幾ばくかの殺意を覚えながらも、フランシスはサイフォンに突っ込んだ撹拌の手を止めない。自らブレンドしたコーヒー豆の醸す香りがいつも通り素晴らしいものだったので、さっきの台詞は丸ごと忘れてやるとしよう、そう決めた。
「お前なんかにゃ勿体ないくらい、いい豆使ってんだぞ。もっとありがたがれよなー」
言って、フランシスはカフェ内にたゆたう香ばしさを肺一杯に取り込む。しかしふいに柳眉を寄せた。誰よりも香りに敏感な彼が、サイフォンから立ち上る以 外にも室内に在る不快な臭気に気付かぬはずがないのだ。何とも言えぬ、錆びた鉄のような、ねっとりと鼻の奥に張り付く濡れた生臭さ。それをここに連れ込ん だ男を薄目で睨む。
「…………ていうかお前くせェんだけど。お客様が嫌な顔しちゃうだろ」
「客? 今日も俺の貸し切りだと思っていたが?」
客席にはルートヴィッヒの他に人はなく、あまり広くない店内には静けさのみが鎮座している。サイフォンの底で湯がたぎる音がやけに耳に付いた。流行って いない訳ではないのだが、立地的に夕方以降、カフェの名がバーに変わる頃からの客入りのほうが多い。ルートヴィッヒがこの店に現れる際は毎回この時間を指 定しているから、それを知らないのだ。
「うちは一見さんお断りなの。ていうか、今回のは別にこんないやーな臭いが絡むような話じゃなかったはずだけど?」
「……邪魔が入ったのでな」
食事の手を止めたルートヴィッヒが、無表情はそのままに己の手首を顔に寄せた。その筋の通った高い鼻で、くん、と一度空気を取り込むと、彼は厳しく眉を 吊り上げる。何よりもその臭いに近しかったから嗅覚が麻痺していたのだろう、自身に纏わりつく臭気に改めて嫌悪の表情を見せていた。
「これは……取れんな」
捨てるか、と呟きが落ちる。ルートヴィッヒが自覚したことによって増したように思われる、色で言うなら赤い臭いは、フランシスの鼻をも麻痺させる。すぐそばは別の香しさで満ちているというのに、鉄臭さばかりを嗅ぎ分ける己の器用さが今は鬱陶しい、と彼は思った。
「何人殺った」
「さあ。数えていない」
「もしかして構成員皆殺し?」
「だったかもな」
「派手だねえ。フェリシアーノがまた仕事取られたって騒ぐぞこりゃ」
「知らん。不可抗力だ」
「後始末とか根回しはどうしたのよ」
「カリエドに頼んである」
何の感情も見せないルートヴィッヒが淡々と答える。口角で笑みを形作りつつも、フランシスは内心で戦慄していた。相変わらずサイボーグみたいなやつだ。 フランシスとて仕事は仕事と割り切っているから犠牲になった人間のことなどどうでもいいが、ルートヴィッヒのように完璧な無感情でいられる訳ではない。普 段はあえて考えないようにしているけれども、相手がどんな人間であれその命を奪うとなるとやはり何らかの負の感情が付きまとうものだ。しかし、ルート ヴィッヒがそのようなことに心を裂いている様子は一切見られない。彼はターゲットが誰であれ殺せと言われれば躊躇いなくトリガーを引ける人間なのだろう。 敵対して一番恐ろしいのは彼のような男だと、フランシスは思っている。
「…で? アレは取り返せたの?」
「ああ。問題なく」
彼の内をはらむ恐怖など介さぬルートヴィッヒはジュラルミンケースからジュエリーボックスに似せた小さな箱を取り出し、カウンターテーブルに置いた。目 配せを受けたフランシスが箱を開ける。本来指輪などが据え置かれているべきそこには、薄いICチップが二枚ほど挟まっていた。
「なんだ、こんだけ?」
「奴等にはそれで十分だったのだろう」
フランシスは肩に入れた力を幾分か拍子抜けした風に下ろす。ルートヴィッヒも軽く喉の奥で笑って、ケースから一本煙草を引き抜いていた。
「たった二枚のクズ情報のために命掛けてたなんて、ねえ」
寒空の下に散ったのであろう男たちにナノ単位の憐憫をくれて、フランシスはアルコールランプの火を消した。淹れたてのコーヒーをそっと、カップに注ぎ入れる。ついでに自分のカップにもカフェオレを作ると、ブラックコーヒーのほうを客に差し出した。
「……っておい」
しゅっ、とジッポを打つ音が聞こえたその次には、紫煙の壁がフランシスとルートヴィッヒとを隔てていた。
「お兄さん、ウチは禁煙なんだけど?」
ふう、とすぼめた口に、遠慮なしに煙を浴びせられる。
「今の相棒は気管支が弱いらしくてな。下手に刺激して自分の立場が不利になるような真似はできん」
「だからってここで吸うなよ」
「あちらには総じて嫌煙家で通している」
「……あっそ」
何を言おうが、この男の鼓膜にはフランシスの言葉は響かない。それに、己を覆う死の臭いに嫌気が差して、紫煙でそれを塗り替えたいのだろうとも思うか ら、頭ごなしに火を消せ、とは言えなかった。血の臭気など連れて歩いてもいいことはない。持参した携帯灰皿に灰を落とし込みながら、ルートヴィッヒは煙草 をくゆらせ続けている。
「でもなあ」
フランシスは言葉に心持ち多めのため息を混ぜる。ルートヴィッヒがフィルターをくわえたまま、ちらと碧眼を持ち上げた。
「臭うよ?」
自分の鼻をつまみながら、フランシスはもう片方の手のひらで絡み付く煙を払う。
「煙草のケムリってのは、女と血みたいに一度こびり付いたらべっとりなんだよな。今に気付かれんぞ? その、相棒とやらに」
「その時は止めるさ」
こんなもの、悪習でしかないからな。くっ、とルートヴィッヒは皮肉げに喉を鳴らす。コーヒーの香りよりも重い紫煙が、空気の下層に溜まってゆらゆらと蠢いていた。むせ返りそうなのを飲み下すように、フランシスはカフェオレに口を付けた。
「そんなに今の相棒が好きなのか?」
「どうとでも思え。仕事上にトラブルを持ち込みたくないだろう、煩わしい」
「お前にしては珍しいくらいの執着っぷり…っていうか、妬けるねえ。俺にも優しくしてよ、ルイ」
「時間だな。『捜査』に戻るとする」
ふざけた話題ばかりを寄越すフランシスに耳も貸さず、ルートヴィッヒが立ち上がる。くわえ煙草で器用に外套を羽織ってしまうと、一度はスタイリングされた髪をかき上げ、撫で付けた。
「はいはい。お兄さんの要望はまるっと無視なわけね」
フランシスの細目も、ルートヴィッヒには大した効果を与えない。わざと崩したオールバックの一房一房をあっという間に完璧に後ろに流してしまうと、彼は短くなった煙草をもみ消した。携帯灰皿を外套のポケットに落として、フランシスに眼差しを返す。
「聞いてやる必要がないだろう?」
にやりと、尖った犬歯が唇の端から覗いた。カウンターテーブルに紙幣を置いたルートヴィッヒは、フランシスの文句を言葉として耳に入れない。彼はそのまま踵を返して、来た時と同様の足取りでカフェから去っていった。
――変わり身の早いことで。
フランシスは残された手付かずのブラックコーヒーを睨みながら、カウンターに転がるジュエリーケースとその中身の処分をどうするか、ルートヴィッヒに対する畏れと苛立ちのうねる心中で考える。
「よくもまあ、何でもそつなくこなせるもんだな」
感情一つ動かさず人を殺しもすれば、人を助けもする。フランシスは唸った。今は凍った石畳を踏み鳴らして「捜査」に向かっているルートヴィッヒが、髪を整えた次の瞬間には。彼の顔は、裏の世界を生きる殺人者から、真面目で品行方正な刑事のそれになっていた。
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