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Emit

さく(14)     あや(6)    
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11.14      Komplize:07-01   comment (0)
独普が刑事で墺や仏西がマフィアなパラレル、その3。
ギルベルトとアントーニョとロヴィーノ。

詳しくはこの記事をごらんください。



こんにちはさようなら


「そこのおにーさん!待ってえな」
へらへらと、締まりのない声がギルベルトを呼び止めた。真下にしかできない影は、石畳の上を歩む者を陽光から守ることはない。だが、肌に当たる光に嫌味 はなく、汗を誘い出す熱も心地がいい。自然上機嫌となっていたギルベルトは、振り返った先の、いかにも怪しげな男に眼を眇めた。
「……あ…?」
「そうそう、自分やでえ」
聞き慣れないイントネーションでギルベルトをとどめたその男は、こちらに手を振っている。どこにいても目立ちそうなアロハシャツにタンクトップと褪せた ジーンズ、ビーチサンダルを合わせ、丸い、一回り以上昔に流行ったようなサングラスを掛けていた。ギルベルトの知人にこんなファッションを好む者はおら ず、呼び止められた理由にも心当たりがない。空の頂点から落ちる日光をぼう、とそのままに浴びていると、男のほうが近付いてきた。ぺたぺたと、派手な柄の ビーチサンダルが石畳に擦れる。
「これな、落としたん自分とちゃう?」
男が指に挟んだ薄い紙がぺらりと揺れる。
「あ」
名刺サイズの用紙には、適当な字で何事かが記してある。それは間違いなくギルベルトの筆跡で、かつ仕事上必要なメモであった。ギルベルトがしまった、という顔をすると、男の口から小粒の歯がにかっと並んでまみえた。
「大事なもんなんとちゃうかなーって思ってなあ」
「すんません、俺のでした」
「そらよかったわ」
「ありがとうございま――あっ」
コメントに困る服装をしていたのでそちらばかりが気になっていたが、よく見れば、男はギルベルトが知る人物だった。名は知らない、だがよく顔を合わせるのだ。
「なに? どしたん?」
「いや、あの……コンビニで働いて…るかた、ですよね、駅の近くの」
「――あー。おにーさん、ようウチに来てくれてるお客さんかあ。まいどおおきに」
男がサングラスを下げると、人懐こい緑の眼がきょろりと瞬いて溶ける。彼は、ギルベルトが最も利用するコンビニエンスストアの店員だった。


「偶然やなあ。おにーさん、営業中?」
「いや、今日は非番なんすよ」
「へー。リーマンにも平日休みってあんの? バイトと一緒やなあ」
俺も今日はシフト休みやねん、と男は笑う。ギルベルトのことをサラリーマンだと思っているらしい。誤解されたままで困るような相手でもないので、適当に頷いておいた。初夏の陽射しが眩しいのか、男はあのサングラスを再び両目に装着していた。
「ほんなら、おにーさんの時間、ちょっとだけもらってええ?」
「いいですよ。なんすか?」
警戒を抱かせない柔らかな声音に、ギルベルトの言葉も弾んで飛び出る。男が嬉しそうにサングラスの奥の緑色を細めていた。
「この辺詳しない? 行きたいとこあるんやけど、分からへんねん」
この近辺は入り組んだ路地や似たような造りの裏道、地図と照らし合わせるのが難しい通りが多い。一見しただけでは位置関係が把握しづらい場所なのだ。お かげで容疑者被疑者にはありがたい逃げ道となっており、警察側には頭の痛い界隈でもあった。仕事で何度も犯人との鬼ごっこを余儀なくされたこともあった し、実は今回、名目上は非番だが、ここら周辺の私的捜査のためにギルベルトはこの場所にいる。これも刑事の本分人助けの一つだと、男の頼みを快諾した。
「俺でよかったら、案内しますよ」
「――ほんまに? 助かるわあ!」
男の表情だけでなくその声音までもが喜びに輝いた。見る者にまで幸せを分け与えるような笑顔は、ギルベルトには少し気恥ずかしくも嬉しくもある。こうし て無条件に礼を述べられるなんて、久しくなかった。ちょっと待ってなあ連れがおんねん、とギルベルトに断って、男は石造りの建物同士が織り成すわずかな影 に声を掛ける。
「ロヴィーノ! 連れてってくれるってえ!」
「……おせーんだよ、チクショーが」
ややあって、不機嫌そうな少年がぬっとそこから姿を見せた。年の頃はギルベルトよりも下、十代後半だろうか。ぎゅっと寄せられた眉と吊り上がった双眸さ え元に戻れば、彼の顔はきっと美しい造作をしているに違いない。潔癖なのか他に理由があってか、夏だというのに少年の両手にはきっちりと手袋がはまってい た。
「弟さんすか」
「や、親戚の子やねん。この辺案内しろって言われてんけど、俺にはさっぱりでなあ」
刺すような少年の眼光にひるむことなく、男はへらりと頬を溶かしている。どこに行きたいんです? ギルベルトが問いかけると、彼はジーンズのバックポケットに差していたガイドブックをぱらぱらとめくり始めた。該当ページが見つからないのか、具体的な名前は出てこない。
「ああー、えっとなあ……」
「『紅蘭』って名前の店」
言い淀む男の言葉を少年が次いだ。表情と同じく、ぶっきらぼうな物言いだ。鳶色の眼がきつくギルベルトを睨み上げてくる。
「ああ、あそこか」
「知ってるん?」
「分かりますよ。ここらでは珍しい、アジア系のパブです」
「そうそうそこ! ちょいちょい有名になってきてんねんな?」
あったあった。男がようやく探り当てたページを、ギルベルトも一緒に覗き込む。少年はつまらなさそうに靴の下にできた影に視線を落としていた。コンパク トなガイドブックの見開きページの右下には、周辺の略地図とともに男たちの目指す店の外観、いくつかの料理、紹介文が掲載されている。男が写真を指でぐる りとなぞった。
「ほら。このガイドにも『本格派アジア料理が楽しめる』って載ってて、面白そうやなってロヴィーノともゆうとってん」
「んなこと言ってねえよ」
「ええ? シューマイ食いたいーゆうてたやん」
「それはテメエの欲望だろーが。このバカントーニョが」
どうもこの二人は構いたがりの従兄とそれがうっとうしくて仕方ない従弟、のようだ。反抗期真っ盛りの少年のそっけない態度でも、男にはかわいく映るのだ ろう。親類とはほとんど疎遠のギルベルトには、テレビのホームドラマを見ているような、微笑ましい光景だった。ギルベルトがひそかに和んでいると、「さっ さと連れてけよ」と語る厳しい眼に射抜かれた。約束を果たすべく、ナビゲーターは二人を引き連れて、目的地への一歩を踏み出した。
「…そういや、気を付けたほうがいいかもしれないっすよ。ヤク中の溜まり場になってるっつー噂のある店だし」
「平気やで。もし危ななっても逃げるし?」
「なに言ってんだコノヤロー。俺の手を煩わせてみろ、ひねりつぶすぞ」
「はいはいロヴィーノは怖いなあ。そうやおにーさん、お礼に一杯やらへん? ほんまに一杯やったら奢れるんやけど」
「や、遠慮しときます。二人で楽しんでってください」
気を張らない会話と男と少年の言い争いで耳を楽しく騒がせているうちに、目的地前に到着した。地下にあるそのパブは、朱塗りの門にぶら下がる看板や壁に 刻まれた紋様が醸すエスニックな雰囲気で、来訪者を待ち構えている。歓声を上げた男はもちろんだが、少年のほうもこの街にはない造りの店構えに吊り目をミ リ単位で丸くしていた。にこやかに手を振る男と、むくれ顔で針を飛ばしてくる少年。ギルベルトは笑って手を振り返して、再び、周辺地理の把握に戻ることに した。やっぱり一杯くらいは飲めばよかったかもな、と思いながら。


「盗難にあった」と通報したはいいが、肝心の盗難物が何なのか警察にはさっぱり分からず、店主や店員の証言も要領を得ない奇妙な盗難事件が発生したのは、その日の夜のことだった。
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